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【アズレン】《特別企画》空母ワスプ 発見記念! その歴史を紐解く……!!【アズールレーン】

2019年3月13日、太平洋戦争で戦没した米軍空母「ワスプ」が発見されたと発表された。この偉業を成し遂げたのは第二次世界大戦で沈んだ多数の戦没艦を発見している故ポール・アレン氏が残した探索チームだ。ワスプの発見で、戦没した米軍正規空母4隻(レキシントン、ヨークタウン、ホーネット、ワスプ)すべてが発見されたことになる。この記事では、ワスプがたどった歴史について解説しよう。

目次

▼【ワスプの誕生】

▼【大西洋への投入】

▼【大西洋への投入】

▼【イギリス艦隊への参加】

▼【太平洋戦線へ】

▼【沈没】

▼【海底のワスプ】

 


▲『アズレン』のワスプ。2019年3月現在では唯一レア度がRの正規空母。

ワスプの誕生

1936年4月1日に起工されたCV-7ワスプは、1939年4月4日に進水し、1940年4月25日に就役した。ワスプは正規空母ではあるが、設計段階での想定重量は14700トンと、19800トンのヨークタウン級と比べても一回り小さく、軽空母並みとなっている。

この理由は、 1923年に発効したワシントン海軍軍縮条約によって定められた空母割り当て排水量が主因である。 合計排水量135000トン分の枠を確保したアメリカだったが、このとき既に残りは僅かとなっており、軽空母ラングレーを水上機母艦に改装するのと引き換えに14500トン分の枠をねん出。このような経緯を経て最小の正規空母、ワスプが設計されることとなった。


▲CV-7 ワスプ 大戦中に沈んだ最後の米軍正規空母となった(出典:wikipedia

大西洋への投入

ワスプの就役時、既に第二次世界大戦は開戦しており、ドイツはヴェーザー演習作戦を発動しノルウェーとデンマークへと進行。4月8日にはイギリスの駆逐艦グローウォームがドイツの重巡洋艦アドミラル・ヒッパーに捕捉、撃沈されるなど海上の戦いも激しさを増していた。

就役したワスプは軽空母レンジャーと共に大西洋艦隊に配備され、カリブ海で完熟訓練をおこなった。その後は対独任務に従事し、大西洋の哨戒を主な任務とした。


▲1940年のワスプ。この画像だと分かりにくいが、このときワスプは様々な国の国旗を掲げており、太平洋戦争開戦前ということもあってか日本の旗も見ることが出来る(出典:wikipedia
 

1941年半ばには空母ヨークタウンも大西洋艦隊に加わり、共に任務に従事していたが、12月に日本が真珠湾を攻撃し、太平洋戦争が開戦。長期任務を終えたばかりのワスプはオーバーホールに入ることになり、ヨークタウンは日本の機動部隊へ対応するために太平洋側へと移動。その後、この2艦が再び出会うことはなかった。

イギリス艦隊への参加

開戦以来、地中海では激しい戦いが繰り広げられており、イギリスはマルタ島へ大量の戦闘機、スピットファイアを輸送する必要に迫られた。

当初はアークロイヤルとフューリアスの2空母を輸送に使用していたが、11月14日にはアークロイヤルが戦没、フューリアスも改装を受けることとなり、イギリス首相のチャーチルはアメリカに対してワスプの貸与を要請。アメリカ側は受諾し、ワスプはイギリス艦隊に一時加わることとなった。


▲『アズレン』のワスプがユニオン所属にも関わらず、スキル発動条件にロイヤル艦が必要になっているのは、史実でイギリス艦隊に所属した経歴があるためと思われる
 

巡洋戦艦レナウンらに護衛されたワスプは1942年4月と5月の2度に渡りスピットファイアの輸送任務に従事し、合計112機のスピットファイアの輸送に成功し、チャーチルから「Many thanks to you all for the timely help. Who said a wasp couldn’t sting twice(タイムリーな活躍をしてくれて感謝する。スズメバチが2度刺せないと言ったのは誰だい?)」 と謝辞を受けた。

この言葉が『アズレン』でのワスプのスキル名の元となっている。

太平洋戦線へ

アメリカは1942年5月の珊瑚海海戦でレキシントンを、6月のミッドウェー海戦でヨークタウンを失っていた。ミッドウェーで多くの航空隊を失っていたためにホーネットが訓練のために離脱し、大西洋側の稼働空母はサラトガエンタープライズのみとなっていた。

この切迫した状況下において、ワスプも太平洋側に移動し、対日本軍との戦闘へ投入されることが決まった。


▲1942年8月のワスプ。中央にいるのがサラトガ、その後方に見えるのがエンタープライズ(出典:wikipedia

沈没

1942年8月のガダルカナル戦で航空支援を行うなど任務をこなしていたワスプだったが、状況は目まぐるしい変化を見せていた。

エンタープライズサラトガが損傷して戦線を離脱し、前線に戻ってきたホーネットと共に輸送船団の護衛にあたっていたワスプは、1942年9月15日、サンクリストバル島の約150マイル南東付近で日本海軍の伊19潜水艦の雷撃を受けてしまう。


▲魚雷攻撃を受け炎上するワスプ(出典:wikipedia

伊19が放った6本の魚雷の内、3本の直撃を受けたワスプは、 格納庫内で補給中であった33機の飛行機が次々と爆発炎上した上に 航空ガソリン補給系統を破壊され、燃えるガソリンが艦内にまき散らされるという絶望的な状況となる。


▲煙を噴き上げるワスプ(出典:wikipedia

同日夕刻、総員退艦が命ぜられ、18時に駆逐艦ランスダウンにより雷撃処分を受けたワスプは、日本機動部隊と直接戦うことなく、水面の底へと沈んでいった。

海底のワスプ

ワスプの発見は、2019年1月14日。情報は精査され、3月13日に公開されるに至った。ここでは海底に眠るワスプの写真を掲載させてもらう。


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


(出典:RV Petrel/Facebook)


ワスプの艦載機、TBFアベンジャーと思われる残骸(出典:RV Petrel/Facebook)


同じくアベンジャーと思われる(出典:RV Petrel/Facebook)


文●早川清一朗

『アズールレーン』公式サイト

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