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『アズレン』改造艦の歴史を探る(10):軽巡洋艦・川内(せんだい)『アズールレーン』

『アズールレーン』に登場する艦の中には「改造」による強化が可能な艦がある。高難度海域の攻略を行う際、改造艦の優秀な戦闘力に頼っている指揮官も多いはずだ。この記事では改造可能な艦、および元となった史実艦の歴史について書かせてもらおうと思う。艦が歩んだ歴史を知ることは、より『アズレン』世界を楽しむための助けになるだろう。

軽巡洋艦・川内

軽巡洋艦川内は、11-3でのみドロップするレア艦だ。妹艦の神通とは違いボスマス以外からもドロップするが、高難度海域ということもあり『アズレン』に実装されている艦の中でも入手はかなり難しい部類に入る。入念に育成した艦隊と大量の燃料を用意して、気長に臨む必要があるだろう。

しかし性能は苦労に十分見合うだけの高さを誇っている。耐久力に若干の弱さを抱えるものの、その他の基本性能は高い。とくに保有スキルの「水雷戦隊」はこの艦が戦闘可能である限り、同じ艦隊の駆逐・軽巡の雷装・装填がLV1で3.0%。LV10だと15.0%アップする。前衛戦力の底上げのためには極めて重要なスキルと言えるだろう。

川内改

改造を施した川内改は、基本性能の全体的な向上とスキルの追加により『アズレン』の中でも最高ランクに位置する軽巡洋艦となる。

特筆すべきは雷装の+65。魚雷補正も+15%となり、強力な雷撃能力を保有することとなる。また追加スキルの「照明弾」は効果範囲内にいる敵の回避率を10秒間25.0%ダウンさせる効果を持つ。発動タイミングは戦闘開始10秒後と、その後20秒毎。発動確率はLV1で20.0%。LV10で40.0%の確率となっている。

高難度海域で戦う敵はきわめて強力なため、デバフスキルを持つ川内の有用性は一層際立つ。入手と改造の難易度は高いが、ぜひ狙ってみよう。

川内改の改造費用・資材

川内の改造には以下の資源と資金が必要になる。

・巡洋改造図T1×17
・巡洋改造図T2×14
・巡洋改造図T3×1
・川内orブリ×1
・資金21100

川内を入手できる指揮官ならば、それほど難しくはないだろう。資金が若干辛いくらいか。もし川内を手に入れたなら、必ず改造することをお勧めする。

史実の川内


史実の川内(写真はwikipediaより)
 

川内型軽巡洋艦のネームシップである川内は1922年(大正11年)2月16日に起工し、1924年(大正13年)4月29日に竣工を果たした。

川内型は計画時点では排水量7000トン未満の二等巡洋艦として類別されており、 加古、那珂、川内、神通の4隻が建造される予定となっていた。しかしワシントン軍縮条約のあおりをうけて加古の建造計画は中止され、排水量7000トン越えの一等巡洋艦、加古型として再設計されることとなった。

また本来、ネームシップは那珂が予定されていたが、1923年(大正12年)の関東大震災において大損害を受けて建造が遅延。先に完成した川内がネームシップとなった。

太平洋戦争開始前は第一水雷戦隊旗艦として日中戦争に参戦。輸送艦の護衛任務などをこなしている。1938年には第三水雷戦隊旗艦へと所属を変更し、開戦を迎えることとなった。

太平洋戦争序盤での川内

川内が旗艦を務めた 第三水雷戦隊 は主力部隊の護衛部隊であり、開戦当初は14隻の駆逐艦を旗下に置いていた。14隻の中で『アズレン』に参戦しているのは2018年8月の時点では「吹雪」と「綾波」の2隻となっている。


▲綾波と吹雪は川内の指揮下で戦場に赴いた
 

開戦後の川内は第3水雷戦隊を率い、主にインドシナ方面に展開。イギリスの戦艦プリンス・オブ・ウェールズ、巡洋戦艦レパルスを沈めたマレー沖海戦にも参戦。

1942年 1月26日には輸送体の護衛中にイギリスの駆逐艦サネットとヴァンパイヤの襲撃を受け、反撃を加えてサネットを撃沈するもヴァンパイヤは取り逃がしている。


▲川内との交戦の約3か月後、ヴァンパイアは戦没した
 

川内はミッドウェーの戦いにも参戦しているが、主力部隊である戦艦群の護衛を命じられたため特筆すべき戦果はなかった。

ガダルカナル島の戦い

西太平洋ソロモン諸島のガダルカナル島を巡る日米の攻防に川内も参戦。旗下の駆逐艦隊を率い、陸軍部隊への強行輸送任務「鼠輸送」や米軍飛行場の砲撃任務などに従事している。

11月中旬には第三次ソロモン海戦に参戦。米戦艦ワシントン、サウスダコタらと交戦している。この戦いで綾波が戦没した。その後も戦い続けた川内は1943年5月に佐世保へと帰還。修理と共に21号電探を装備するなどの改装を受けている。

7月8日にはパプアニューギニアのラバウルに到着し、戦線に復帰した。


▲川内たちが放った魚雷はほとんどが海中で自爆している

マッカーサーの戦略

川内がラバウルに到着したのとちょうど同じころ。アメリカ軍は南西太平洋方面の連合国軍総司令官ダグラス・マッカーサーの指揮による「カートホイール作戦」を展開。ラバウルは包囲されつつあった。アメリカとオーストラリアによる共同作戦は熾烈を極め、海上でも戦闘が頻発。

7月12日未明に勃発したコロンバンガラ島沖海戦では川内の妹艦である神通 ホノルルセントルイスリアンダー との激闘の末に戦没。幸運にも川内はほとんど戦闘に巻き込まれない形で生き残っていたが、他の僚艦たちも次々と戦いの中で散っていき、いよいよ戦況は切迫しつつあった。

なお、神通の最期については、『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(9):華の二水戦・神通に記載があるのでぜひ目を通してほしい。


▲妹艦の神通は壮烈な最期を遂げた

川内の最期・ブーゲンビル島沖海戦

日本海軍はラバウルへの包囲を強める米軍に対し、地上基地に空母機動艦隊所属の航空機部隊を配備し迎撃にあたるろ号作戦を展開。

しかしこのとき米軍はすでに最新鋭のエセックス級空母およびインディペンス級軽空母を配備しており、数の面で日本側は劣勢に立たされていた。

11月1日、米軍がパプアニューギニア ブーゲンビル島のタロキナ岬に上陸したことを知った日本陸軍は逆上陸作戦による攻撃を企図。海軍はそれを支援することとなり、川内も参戦することが決まる。

同日15時30分に出撃した川内だったが、不意に米軍機より19時45分と20時53分に夜間爆撃を受ける。この攻撃は回避したものの、米軍に日本軍の動きを察知されてしまう。

11月2日0時27分。米軍軽巡洋艦モントピリアのレーダーが日本軍を察知。米軍艦艇群は素早くタロキナ沖に展開し、迎撃態勢を整え待ち構えていた。


▲モントピリアは川内たちの迎撃に参加している
 

11月2日0時45分、川内と僚艦の駆逐艦時雨は約9000メートルの距離に米軍艦隊を確認。直後、多数の砲撃と雷撃が2艦を襲い、時雨はからくも攻撃を回避したものの、川内は被弾してしまう。

さらに集中砲撃を受けた川内は戦闘能力を喪失。夜間の乱戦となり敵味方が混乱しながらも死闘を繰り広げたが、日本軍は大きな損害を受け撤退。戦場に取り残された川内は5時30分、タロキナの海にその姿を消したのだった。


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