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『アズレン』改造艦の歴史を探る(9):砲撃火力が魅力な戦艦山城『アズールレーン』

『アズールレーン』に登場する艦の中には「改造」による強化が可能な艦がある。高難度海域の攻略を行なう際、改造艦の優秀な戦闘力に頼っている指揮官も多いはずだ。この記事では改造可能な艦、および元となった史実艦の歴史について書かせてもらおうと思う。艦が歩んだ歴史を知ることは、より『アズレン』世界を楽しむための助けになるだろう。

戦艦 山城

戦艦扶桑の妹である山城は、 扶桑と同様6-2、6-3、6-4のドロップで入手できる。残念ながら建造では入手できないが、ある程度攻略が進めば入手は容易だ。とくに駆逐艦夕立の入手を狙って6-4を周回した場合は副産物として大量に入手できるだろう。

山城の魅力は、白い太もも……ではなく、扶桑と同じく砲撃火力にある。限界突破により主砲砲座がプラスされるので、積極的に行おう。装甲も厚く頼りになるが、対空能力は低いので他の艦で補う必要があるだろう。

保有スキルはこれまた扶桑と同じ「砲火制圧」だ。LV1の時点で自身の火力を10.0%上昇。LV10では20.0%上昇させる効果はセイレーンとの戦いでは大きな力となるだろう。

山城改

山城の改造は扶桑同様、艦種が戦艦から航空戦艦へと変更される。 副砲の代わりに水偵を装備可能になり、航空攻撃が可能になるのも、近接火力は低下するところも同じだ。

主砲火力も低下するうえ、三笠のスキル「丁字戦法」によるダメージアップ効果も適用されなくなるというデメリットも存在する。長門のスキル「四代目連合艦隊旗艦」 は有効なので山城改を編成するときは長門旗艦を意識しよう。

追加されるスキル「予備攻撃隊」は空母と比較するとそれほど性能は高くない。敵の弾幕を打ち消す用途メインだと考えたほうがいい。

山城のフル改造に必要なレベルは85。必要な資金及びアイテムは以下のとおり。

戦艦改造図T1×17
戦艦改造図T2×11
戦艦改造図T3×3
空母改造図T3×2
艦載機パーツT3×60
資金×16600

扶桑とまったく同じ資材と資金が必要になる。資金はそれほどきつくはないが、資材は日ごろからマメに備蓄していないと厳しいだろう。

史実の山城


▲初期の山城(写真はwikipediaより)
 

扶桑型戦艦二番艦山城は、1913年(大正2年)11月20日に起工。

1917年(大正6年)3月31日に竣工を果たした。扶桑と山城はほぼ同型艦ではあるが、1915年に竣工を果たした扶桑にさまざまなトラブルや問題が発生したため、 主砲の配置や測距儀の追加、位置変更がなされている。

他にも装甲取り付け形状も異なるなど様々な改装が施されており、別種の戦艦として山城型と分類されることもある。


▲横須賀工廠にて建造中の山城(写真はwikipediaより)
 

1927年(昭和2年)には昭和天皇が連合艦隊の訓練を見学した際のお召し艦に指定され、翌1928年(昭和3年)には連合艦隊旗艦にも指定され、1年の間旗艦を務めている。なお姉の扶桑がお召し艦及び連合艦隊旗艦に指定されたことはない。

後方任務を任せられ

1941年に勃発した太平洋戦争では山城は鈍足の旧式艦として扱われていた。真珠湾およびミッドウェー海戦には出撃したが後方で待機しており、日本の大勝利と敗戦の引き金となる大敗北のどちらの戦いにも直接関わることはなかった。

ミッドウェーで失われた空母群の代わりとして航空戦艦への改造も模索されたが、結局は伊勢型が改装されることになり山城は砲術学校の訓練用として使用され、戦線から遠く離れた日本で新兵たちをしごきあげる役割を担う。

なお山城は艦内のしごきがものすごかったことで知られており「乗るな山城鬼より怖い」という言葉が残されている。


▲近代化改装後の山城。主に兵員育成の役割を担った(写真はwikipediaより)

捷一号作戦

1944年6月。マリアナ沖海戦で大敗を喫した日本には、すでに米軍に対抗しうる戦力は残っていなかった。

それでもなお最後の国防要域のひとつ、フィリピン海域防衛のために捷一号作戦が発令。切迫した状況下、訓練とたまの輸送護衛任務だけを与えられていた山城に、劣勢挽回のための戦力として白羽の矢が立った。

しかしすでにこのとき、米軍はエセックス級・インディペンデンス級・カサブランカ級各航空母艦の大量建造に成功。真珠湾で撃沈されたはずの米軍戦艦群の大半も浮揚・修理改装を受けて戦線復帰しており、山城一隻を前線に回したとしても焼け石に水の状況であった。

9月23日に第17駆逐隊(浦風、浜風、雪風、磯風)に護衛されて日本を離れた山城は、10月4日にインドネシアのリンガ泊地へと無事到着する。


▲浦風は潜水艦が遊弋する日本近海からインドネシアまで山城を護衛するという困難な任務をやりとげたが、1944年(昭和19年)11月21日に撃沈された

レイテ沖海戦

フィリピン方面に進出した米軍艦隊を撃滅するために、日本軍はかき集めた戦力の再編成を行う。

山城は西村祥治中将率いる西村艦隊の旗艦に任じられ、扶桑と共に最初で最後の大規模海戦へと臨むこととなった。主力部隊である栗田艦隊の囮となるべく スリガオ海峡よりレイテ湾への突入を試みた西村艦隊は10月24日にB24の編隊と遭遇。山城は初の戦闘を経験する。


▲B24の攻撃を受ける山城(写真はwikipediaより)
 

B24の攻撃をかろうじてしのいだ山城と西村艦隊だったが、その先で待ち受けていたのは完全な迎撃態勢を整えた米軍艦隊だった。

山城・扶桑・航巡最上・駆逐艦山雲・朝雲・満潮・時雨とわずか7隻の西村艦隊に米軍がさし向けた艦隊は総計81隻。もはや勝負にもならない戦力差ではあったが、それでも山城を先頭にスリガオ海峡に突入した西村艦隊に魚雷の雨が次々と浴びせかけられた。25日午前3時10分には魚雷を受けた扶桑の弾薬庫が誘爆して爆沈。3時35分ごろには山城も被雷し、護衛の駆逐艦も次々と落伍していった。

午前3時51分には米軍巡洋艦隊が山城への砲撃を開始。デンバーの砲撃を皮切りに ミネアポリス、コロンビア、ポートランドが砲弾を浴びせかけた。


▲デンバーは山城に真っ先に砲撃を仕掛けた。

3時53分には戦艦部隊の攻撃も開始。 ウエスト・バージニア、テネシー、カリフォルニアら6隻の戦艦の集中砲撃を受けた山城は艦橋付近に被弾し炎上。 「我魚雷ヲ受ク 各艦ハ前進シテ敵艦隊ヲ攻撃スベシ」 と打電し進路を北から西へと変更。退避を試みるが追尾してきた駆逐艦群の雷撃を受けて4時19分に横転して沈没。壮絶な最期を遂げた。

山城のそれから

2017年。世界中の海戦場を巡り、沈没した軍艦を探し回っているマイクロソフト創業メンバー、ポール・アレン氏が最上を除く西村艦隊を発見した。その内容は以下の記事に記載しているので参照してもらいたい。

『アズレン』改造艦の歴史を探る(8):戦艦扶桑『アズールレーン』

不幸に包まれた艦生を送った扶桑山城にとって、一緒に見つけてもらえたのはせめてものなぐさめとなるだろう。


▲扶桑と指揮官がいる今の山城は幸せそうだ


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