『アズレン』シナジー効果と史実を紐解く(7):日本生まれの中華艦・寧海と平海

著者:ゲーム★マニアックス編集部

艦船擬人化シューティングRPG『アズールレーン』(以下『アズレン』)に登場する艦船は、おもに第二次世界大戦当時の枢軸国、連合国が保有していた艦船をモデルとしている。これらの艦の中には、同時に出撃させることにより、大きなシナジー効果を得られる組み合わせがある。ここでは知っていると便利な組み合わせと、元となった艦の史実エピソードについて解説する。



▲寧海級軽巡洋艦のネームシップ・寧海(ニンハイ)。髪の色は黒。身体の一部が妹より大きい


▲寧海級軽巡洋艦の二番艦・平海(ピンハイ)。髪は茶色。身体の一部が姉より平たい

寧海・平海「姉妹の絆」

東煌(どんふぁん)」に所属する軽巡洋艦である寧海・平海は、同時に出撃することにより発動する「姉妹の絆」スキルを保有している。このスキルは自身の火力性能をLV1の時点で15.0%。LV10で35.0%アップさせることができる。

また、両艦が保有する「東煌のために」スキルは重桜(じゅうおう)陣営の艦に対し、 与えるダメージがLV1の時点で5.0%。LV10で25.0%アップする。高難度海域で待ち構える、強力な重桜艦との戦いで有効に機能するスキルだろう。

 


▲スキル発動は開幕と同時

寧海・平海の入手方法

両艦共に小型・大型・特型建造で出現する。建造時間は42:00。出現率は低いので、狙うなら資金とキューブの消費が一番少ない小型建造で地道に狙おう。2018年2月現在、ドロップする海域は存在しない。

 


▲建造率は低いため、入手には時間がかかるだろう

寧海改・平海改

2018年2月、両艦の改造が可能となった。フル改造に必要な資金とパーツは1隻あたり、

巡洋改造図T1 *13 巡洋改造図T2 *14 巡洋改造図T3 *11 艦砲パーツT3 *50 汎用パーツT3 *50
資金 31100
自艦or汎用型ブリ

となっている。率直に言って素材集めにかなりの時間がかかるが、それだけの価値はある。基本性能が大幅に上昇することもあるが、改造によって解放されるスキル「尚武の魂」は強力だ。スキル効果として速力がLV1で3、LV10で8アップ。火力もLV1で3.0%、LV10で15.0%アップする。


▲寧海姉妹の改造難易度は改造艦の中でも最高ランクだ

 


▲巡洋艦の改造パーツは不足しがちだ。気長に根気よく行なおう

 

数奇な運命・寧海と平海

寧海と平海のモデルとなったのは、中華民国が保有していた寧海級軽巡洋艦「寧海」「平海」だ。アヘン戦争の敗北後、衰退の一途をたどっていた清国(当時の中国)は、頻発する内乱に疲弊していた。そして1911年の辛亥革命により、ついに清国は滅亡を迎え、中華民国が成立することとなった。

国家成立直後から海軍力の強化を考えていた中華民国だったが、軍艦の造船ノウハウを保有していなかったため、海外列強へ発注することとなった。

日・英・米・独の四か国による熾烈な入札競争が展開されたが、最終的には日本の播磨造船所が受注を勝ち取る。当時、世界大恐慌の影響で不況(昭和大恐慌)にあえいでいた日本にとって極めて重要な外貨獲得手段となったため、 主砲の製造は呉工廠が担当し、貝沼門次郎予備役大佐を顧問として送るなど、国ぐるみで全面的に支援される。

ネームシップの寧海は1931年2月20日に起工し、1932年7月30日に竣工、8月25日には上海への回航を果たした。


▲進水式の寧海(写真はwikipediaより)

二番艦の平海は播磨造船所による技術指導を受けつつ、1931年に上海の江南造船廠で起工する。しかし中華民国内の内部抗争や満州事変などの理由で状況が悪化し、建造が遅延。結局1935年10月に日本に回航され、1936年にかけて播磨造船所で艤装工事が行われ、無事竣工を果たしたた。しかし両艦とも軽巡洋艦としては小型、かつ武装過多のトップヘビー構造となっていたため、外洋での使用は困難とされ、河川警備に使用されることとなった。

日中関係の悪化

寧海型建造中の1931年には満州事変、続いて1932年には第一次上海事変が発生し、日中関係は緊張の一途をたどっていた。平海建造中の1934年に、中華民国は対日戦争に備えた整備兵力基本政策を策定するなど、開戦は秒読みの段階となっており、日本側は武装の供給を拒否。寧海・平海は代用武装を欧州から購入して対応するが、初期に想定していた性能を発揮することが困難となってしまう。


▲1936年の平海(写真はwikipediaより)

日中開戦・揚子江の戦い

1937年7月7日、北京西南方向の盧溝橋で日中両軍が衝突。日中戦争が勃発する(正式な宣戦布告は真珠湾攻撃後の1941年12月)。9月22日、揚子江沿岸の江陰要塞に停泊していた寧海・平海の両艦は、南京攻略中の日本軍にとって障害とみなされ、航空母艦「加賀」艦載機及び基地航空隊の波状攻撃を受ける。


▲当時、二航戦に所属していた加賀は、寧海・平海と交戦した

果敢に抵抗する寧海姉妹だったが、高い練度を誇る日本軍機の波状攻撃をしのぎきることはできなかった。まずは妹の平海が5発の60kg爆弾と10発の水中有効弾をを受けて擱座。寧海も対空戦闘で2機を撃ち落とすも、60kg爆弾4発と水中有効弾5発を受け炎上、擱座してしまう。

鹵獲され、生誕の地へ

撃沈されてしまった寧海・平海だったが、水深が浅かった上に淡水域での擱座だったため状態は良好であり、浮揚され日本へと回航。寧海は生まれ故郷である播磨造船所の相生工場に運びこまれ、「御蔵」と改名され修理・改装を受けて、巡洋艦から海防艦へと生まれ変わった。しかし太平洋戦争が勃発すると他の艦の改装や建造で人手が不足し放置され、宿舎として使われることとなる。

平海は佐世保へと回航され、 「見島」 と命名される。そのまま係留され、こちらも居住用施設として使用された。

日本艦として

1943年になり、戦況は徐々に悪化。米軍の潜水艦による通商破壊作戦により、護衛艦艇や輸送船の損害が激増する中、寧海と平海の再就役計画が持ち上がる。航空機輸送艦、輸送艦など様々な用途での使用が検討され、工事も行われたが、最終的には両艦とも1944年6月に海防艦として就役。

寧海は「五百島」(いほしま)、平海は「八十島」(やそしま)と命名され、揃って日本軍に編入された(本記事では寧海・平海で統一する)。

寧海の最期

就役後は輸送船団の護衛任務を数度に渡って無事にこなしていた寧海だったが、1944年9月19日、 甲標的1隻を曳航しながらの父島への移動中に、御前崎南方で米軍潜水艦「シャード」の雷撃を受け、轟沈。このとき、既に正規の巡洋艦への類別変更が決定していたが、彼女の元に吉報が届くことはなかった。

平海の最期

寧海と同様、 輸送任務や船団護衛任務に従事していた平海だったが、寧海轟沈後の9月25日に海防艦から除籍され、巡洋艦へと類別が変更される。合わせて第一輸送戦隊の旗艦に指定され、改装を受けることとなった。

11月24日、フィリピン方面で陸軍の戦車輸送任務にあたっていた平海は、米軍潜水艦の攻撃を受けて大破。ルソン島サンタクルスに停泊中の最上型重巡洋艦4番艦「熊野」と合流し、マニラを目指すが空母タイコンデロガ、軽空母ラングレー()から発艦した艦載機部隊の攻撃を受けてしまう。奮戦空しく、平海は船尾に魚雷を受けて轟沈。ここに、寧海型軽巡洋艦の歴史は終わりを迎えることとなった。

寧海と平海は中華艦でありながら、日本艦として戦場に散ってしまった。そんな彼女たちも『アズールレーン』では祖国の旗の元で戦える。改造を施した彼女たちの戦力は強大だ。戦力を欲している指揮官は、ぜひ彼女たちを使ってみてもらいたい。彼女たちが生き生きと働く姿は、激闘が続く『アズレン』世界の中での光となるだろう。


 

※ 『アズレン』に登場するラングレーは1942年2月に喪失しており、ここで登場する艦はラングレーの名を受け継いだインディペンデンス級航空母艦の6番艦

参考文献

平松茂雄『よみがえる中国海軍』
『世界の艦船 特集中国海軍』498号


『アズールレーン』公式サイト

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